2019年3月29日金曜日

「著作者人格権の不行使」について

「『著作者人格権を行使しない』という特約のある契約を強要された」という報告が増えています。
イラストレーターの間では、著作権譲渡と並ぶ大きな問題となりつつあります。
この特約のある契約は、イラストレーターにとって極めて深刻なリスクをはらんでいるのです。
そのリスクに関して、まだほとんどの方が気がついていないと思われます。
そこで、そのリスクに関しての説明をした上で、イラストレーションを発注する企業やご担当の皆様への「お願い」をさせてください。
 
著作者人格権には、主に、次の4つがあるとされています。

1)公表権(著作権法18条)
2)氏名表示権(著作権法19条)
3)同一性保持権(著作権法20条)
4)名誉声望保持権(著作権法113条6項)

一つ目の「公表権」とは、未発表の作品を世に出す権利です。
イラストレーターは、いつどんな形で作品を公表するか決める権利を持ちます。

二つ目の「氏名表示権」は、著作物を公表する際に、氏名(実名、芸名、ペンネームなどを含みます。)を表示するか、あるいは表示しないかを決める権利です。

三つ目の「同一性保持権」は、作品を勝手に修正・改変されない権利です。多くのイラストレーターにとって、作品は自らの分身です。
感情や思想、そのものを込めて描きます。
何かの都合で、変更を加えられることに、大きな抵抗感があることも少なくありません。
そうしたイラストレーターの感情を保護するのが、この権利です。

そして4つ目の「名誉声望保持権」は、著作者の名誉や声望を貶めるような利用を禁じる権利です。
著作権法113条6項では「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。」とされています。
例えば、美術作品を風俗店の宣伝に使うことなどが、名誉や声望を貶めるような利用に該当すると考えられます。

契約書に「著作者人格権を行使しない」という特約があると、イラストレーターは、これらの権利全てを失うも同然となります。


イラストレーションを発注する皆様は、深く考えることもなくこうした条件で発注しているのではないかと想像しますが、これはイラストレーターにとっては大きな問題なのです。

こうした契約を結んだイラストレーターがどんなことになるか考えてみましょう。

たとえば、勝手に違う名前のクレジットを入れられても、イラストレーターは文句を言えません。

あるいは、魂を込めて描いた作品の構図を大幅に変えられ、人物の表情もポーズも違うものにされたとしても、イラストレーターは黙っているしかありません。

さらに恐ろしいことも考えられます。
一般向けのゲームのためにで描き下ろした女の子のイラストレーションが、一糸まとわぬ姿に改変されてアダルトゲームに使われたとしたらーー。
そんなことになれば、多くのイラストレーターが名誉や声望を貶める利用だと感じることでしょう。
「ありえない」と思うかもしれませんが、そうした事件は実際に起きています。

http://www.sankei.com/west/news/160523/wst1605230007-n1.html


この事件では、イラストレーションを担当した漫画家が裁判で勝利しました。
でもそれは、著作者人格権を行使できる契約だったからだったと推測されます。
もし、同一性保持権と名誉声望保持権を含む著作者人格権全般が行使できないのだとすれば、この漫画家にとって、裁判はかなり難しいものになっていたでしょう。

イラストレーターにとってこれほどに不利な契約を、十分な説明もなく強要することに、大きな問題を感じています。

大変残念なことに、一部の弁護士は、「企業のリスク回避のため」と称して、「著作者人格権を行使しない」という特約のある契約を奨励しているようです。
弁護士という世間で尊敬されている職業の人間が、創作者の権利よりも企業の論理を優先することに大きな悲しみを感じます。

この問題の本質は、「著作者人格権を行使しない」という特約があまりにも広い権利の不行使を含みすぎている点にあると考えます。
企業の業務をスムーズに進める上で、「著作者人格権を行使しない」部分もある程度はあるべきだと思います。
しかし、安易に広い権利を取り上げてしまうことで、イラストレーターが大きなリスクを背負うことになっているのです。

そこまで広い権利を取り上げるのではなく、業務上必要な範囲に限定した不行使特約を盛り込んだ契約も可能なのではないでしょうか?

イラストレーションを発注する側(企業・自治体・団体等)の業務進行上の都合で、作品をトリミングする必要が出てくることはあると思います。
その都度イラストレーターに了解を得るのは、確かに生産性が悪いでしょう。
しかし安易に著作者人格権の広い権利を取り上げるとイラストレーターにリスクがあります。
ならば契約書に、「イラストレーターは、著作物の個性を損なわない範囲において多少のトリミングを承諾する」と盛り込んでおけばどうでしょう?

多少の色の変更が必要な場合は、「イラストレーターは、著作物の個性を損なわない範囲において多少の色の変更を承諾する」とする方法も考えられます。

これでも多くの場合、発注側も問題なく業務を進められるのではないでしょうか?

ただし、どこまで改変することを許容するかは、イラストレーターによって違います。
契約書作成時は、不行使の範囲をどうするのかについて、ご依頼のイラストレーターと十分な話し合いを持っていただけると幸いです。

また、広告では名前を表示しないことも多いです。そうしたケースであっても、「広告においては、著作者の氏名を表示しない」などと、氏名を表示しない場面を契約書に明記しておけば、十分なはずです。

イラストレーションの発注担当の皆様、「著作者人格権を行使しない」とする特約について、今一度、慎重に考えていただけるとありがたいです。
誠実に話し合えば、ほとんどのケースで双方が納得できる契約は可能だと信じています。
どうぞよろしくお願い申し上げます。




参考資料:Wikipedia「著作者人格権」(https://ja.wikipedia.org/wiki/著作者人格権

※この文章を書くにあたって、顧問弁護士より様々なアドバイスも頂きました。この場をお借りしてお礼申し上げます。